✝メビウス反転f(z)=1/z との出会い
「証し」へと、話をもどすことにしよう。
私が手に取った「複素解析学」の序文には、こんなことが書かれていた:
「目に見える世界を記述するためには‘実数’で事足りるが、目に見えない世界-素粒子などの極微世界-を記述するためには‘複素数’が不可欠である。」
そんな前書きに興味をそそられて中を開いてみると…
私は、びっくり仰天したのだ。そこには、「メビウス反転」ないし「複素反転」と呼ばれる関数(写像)についての解説が載っていたのである。
まずは、この関数が、どれほどすごいものであるかについて語りたい-それは、まるで世界の根元的な設計図のようだ-のだが、私の驚愕と興奮がいかばかりのものであったかを感じ取ってもらえれば幸いである。
極力、直観的かつシンプルな記述を心がけるつもりだが、数式を回避するわけにはいかない。予め、了とされたい。
なお、私が、以下に述べる数学的な洞察へとたどり着くにまでには、1年以上の歳月を要しているが、ここでは、それを一挙に凝縮して提示したいと思う。
「メビウス(複素)反転」とは、‘xy=1’という形で記述される、極めてシンプルな関数である。
x(z),y(z’)がともに実数なら、そのグラフは双曲線になるが、x(z),y(z’)がともに複素数であれば、それは単位円(=半径1の円)の内部と外部を入れ換える操作を表わす:f(z)=1/z
つまり、x(z),y(z’)のそれぞれは、必ず円の内部と外部に分かたれて存在するのである。
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これはすごい!!-私は、思わず膝を打ち鳴らしたのだ。
なぜなら、円の「内部」と「外部」が、人間の「意識」と「無意識」に対応する、という直観が-いや、むしろ確信が-瞬時に閃いたからだ:
‘円の「内部」と「外部」を合わせると複素平面全体になる’ということ、そして‘「意識」と「無意識」を合わせると人間存在全体になる’ということの間には、正確な対応関係があるに違いない。
これはラカンだ!!-ラカンが、生涯にわたり、人間存在のモデルとして高く掲げ続けた、あのメビウスの帯そのものではないか!!
「メビウス反転」の「‘内部’と‘外部’」は、「メビウスの帯」の「‘表’と‘裏’」と、正確な対応関係をもっているのだ。
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※複素関数の積分値Iは、図(9)のように、複素平面上の曲線Cに沿った線積分によって定義される。
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※複素関数を閉曲線Cに沿って積分する場合には、実関数の積分には見られない、極めて興味深い現象が起こる:図(10)
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ここで、複素関数における「正則」と「非正則」の概念にふれておこう。
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もっとも、複素関数の「正則」・「非正則」については厳密な定義が存在するので、上記のような表現は極めて大雑把なものである。しかし、「正則関数」といえば、「メビウス反転」以外の複素関数を指すと思っておけば、(少なくとも本書では)大きな問題は生じないであろう。
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以下、本書の中で、この興味深くも不可思議な命題を、詳細に見ていこうと思う。
私は、時間を忘れて数式たちと格闘を続けた。一体何時間、書棚の前に立ち尽くしていたことだろう…
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図(11)・図(12);(式2)・(式3)・(式4)・(式5)は、次のことを表わしている:
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図(13)および(式3)は、定点a(=「特異点」と呼ばれる)を囲む閉曲線Cの「内部」と「外部」を区別する操作を表わしていて、さきほどの「メビウス反転」をさらに一般化した概念である。
すなわち、「メビウス積分」は、任意の閉曲線Cの「内部」と「外部」を入れ換える操作である。
ここで注意を促せば、閉曲線Cの形態については何の制限もなく、例えばℭのような曲線に関しても(式3)は成立する。
ちなみに、Cのように自分自身との交点をもたないものを「ジョルダン閉曲線」と呼び、ℭのように自分自身との交点をもつものを「一般の閉曲線」と呼ぶ。
ℭの「内部」はD1 U D3 であり、「外部」はD2 U D4 である。
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上記の考察をさらに拡張して、「集合論」との関係を具体的に示せば、下記の図式が得られる。
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図(14)は、複素平面上の閉曲線Cの内部を「<野菜>の集合」と考え、複素数aを「ナス」に、複素数bを「アボカド」に対応させたものである。(式6)・(式7)は、「ナス」が「<野菜>の集合」に含まれ、「アボカド」が「<野菜>の集合」に含まれないことを示している。
図(15)は、閉曲線C’の内部を「<果物>の集合」と考えたものである。(式8)・(式9)は、「アボカド」が「<果物>の集合」に含まれ、「ナス」が「<果物>の集合」に含まれないことを示している。
図(16)は、「アボカド」を<野菜>とみなす人によって、閉曲線C’’の内部に「<野菜>’の集合」が形成され、「ナス」と「アボカド」が、ともに「<野菜>’の集合」に含まれるようになったことを示している。
(式8)~(式11)は、複素解析学において極めて重要な定理である。
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ここで、f(z)=zという正則関数の場合、上記の複素積分が何を表わすのか、という問題を考えてみたい。
まずは、次のような日常生活場面を想像しよう:
「ひとりの営業マンが、商品を抱えて外回りの営業に出る。
彼女/彼は商品の売り込みに奮闘するが、結局ひとつも売れなかった。彼女/彼が、図(17)のような、原点Oを囲む閉曲線C上の点A(オフィス)を出発して、再び点Aにもどったとする。当然、その‘物理学’的な仕事は、いくばくかの正値で与えられるが、‘経済学’的な仕事は0である。
上司に「お前は今日一日無駄に歩き回って来たのか!!」と怒鳴られたなら、その‘意味論’的な仕事も0となる。」
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上記の状況を数式化すれば次のようになる:
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これは、複素数と「意味」の密接な関係を(先取り的に)示した数学的比喩である:
※物理学的な仕事は、図(18)が示すように、実平面上の実積分
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によって計算できる。
※※意味論的な仕事は、図(19)が示すように、複素平面上の複素積分
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である。複素積分の概念は理解しづらいが、上記の実積分との対比によって、直観的に把握してほしい。
すなわち、会社員が1回転した閉曲線C上のあらゆる点zは、「会社の利益」という「意味」を帯びているから、売り上げのない彼女/彼の労苦、すなわちzdzの総和は無意味(=0)とされる。
しかしながら…たとえ彼女/彼が多大な利益を上げたとしても、この営業マンが行った意味論的な仕事は0(ゼロ)なのである。-この逆説については、本書の後半で明らかになる。
この数学的比喩では、会社員の周回運動Cを、物理学的な観点において実平面上(点P)に、意味論的な観点において複素平面上(点z)に描いている。
「複素数と意味の密接な関係」に関しては、本書を読み進むうち、さらに明瞭なイメージをもつことが可能になると思う。
実を言えば…
「複素平面上の閉曲線Cに沿った周回積分」という概念に触れた瞬間、私には2種類の閃きが同時に与えられたのだ:
※閉曲線Cは「集合」そのものである。
※※人間は、ある特定の意味(=特異点aないしO)の周囲を‘堂々巡り’している。しかし、煎じ詰めれば、その「意味」なるものは「無意味」なのだ。
本節では、比較的単純な考え方※を中心にした議論を展開し、※※に関しては「会社員の営業活動」という数学的比喩を用いて、若干の示唆を与えるだけにとどめた。
しかし、この‘堂々巡り’こそが、本書の最重要主題であると言い切っても過言ではない。
だからこそ、多くの困難な問題を内包しているのであって、それらを一旦棚上げにした形で、本節での議論を※に限定しているのだ。
※※については、「量子力学」との関連において、詳細な議論を予定している。
さて…
前にも述べたとおり、誰かが「‘アボカド’は野菜である!」と言い張ったところで、私がその人を敵視したり、自分がパニック状態に陥ったりすることはない。
私の中には、他人や社会が要求する「規則」や「ルール」に従う能力(=‘数を数える’能力)が備わっているからだ。
しかし、精神病者にとっては、これが極めて深刻な事態とみなされるのである。
ここで、限りなく重要な数式を提示しておこう。「コーシーの積分表示」と呼ばれる公式で、次のようなものである:
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ここに、zは閉曲線C上の任意の点、aは閉曲線C内部の任意の点である。
また、f(z)は、一般の「正則」な複素関数である。
この公式の一般的な証明は極めて煩雑なので、f(z)=zという特殊な場合についてのみ、証明を与えておきたいと思う。もっとも、本書で必要となる(‘積分形で’という意味だが)「正則」な複素関数はf(z)=z 、「非正則」な複素関数は
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だけなので、十分に用をなすものと考える:
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なお、「複素解析学」の諸定理は、一般に証明が煩雑なので、本書では、多くの定理を‘天下り的’に提示している。ご了承願いたい。
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